

さあ、大きなニュースをお伝えします! ハックマン・パリッシュ・アシッドのローンチです。
ジェフ・ハックマン、トム・パリッシュ、ファンタスティック・アシッドの2つの名前がトリオになったサーフボードブランド。
ジェフ・ハックマンは60年代から70年代にかけてハワイ・ノースショアを舞台にノースを象徴するサーフィンで世界中に影響を与えたサーファーで、特にサンセットでの素晴らしいサーフィンで"ミスター・サンセット"とも呼ばれます。
その後の時代もハックマンのサーフィンは長くそして今に至るどの時代でもあらゆるベストサーファーに影響を与え続けます。
スラスターサーフィン・コンペサーフィンでのアイコン、トムカレンやケリー・スレーターはもちろん、多くのトップ・コンペティターたち。
当然ながら全てのフリーサーファーにも同様で、ジョエル・チューダーから多くのリアルなロングボード・サーファーや、今ではオルタナティブと称されるサーフデザインを牽引するおよそあらゆる世代のサーファーたち。
同時にハックマンは大変優秀なサーフボードデザイナーでありそのデザインに貢献するフィードバックは多大で、彼には多くのベスト・シェイパーたちが板を供給しました。
特に現在まで続くトム・パリッシュとのリレーションは深く膨大です。
トム・パリッシュは同じくハワイで始まったライトニング・ボルトの、真の中心人物であり名声のコアになるシェイパー。
ロングボードからトランジションエラを経てハワイ・ノースショアのサーフィンが世界を導き出したその時、ジェリー・ロペスと彼のクルーが乗るサーフボードに記されたマーク、ライトニング・ボルト。
ライトニング・ボルトには当時世界で最も優れたシェイパーたちの何人かが集まりましたが、そのデザイン・シェイプの原動力がトム・パリッシュ。
パリッシュ・シェイプの板は本物のトップサーファーたちの羨望の的であり、そのサーファーたちですら容易にはオーダーの通る板ではなく、その限られたチャンスは冬のノースに集まる世界のトップサーファーの中でもラッキーなサーファーたちのものでした。
それは例えば、70年代に盛んになり始めた日本の実力のあるトップサーファーたちのノースアタックにおいても、同じく手にすることができるのは大変ラッキーな板でした。
その後の今に至る全ての時代にサーフボードデザイン&シェイプに与え続ける影響は計り知れないもので、なぜならどのようなデザイン・シェイプにも絶対に共通するベストなサーフボードが備えなければならないカーブとバランスの秘伝は時代のデザインを問わないから。
ハックマンとパリッシュは共にサーフィン界のコマーシャルな要素とは距離を置き、ずいぶん以前に2人ともフランス・ビアリッツに移り住んで、彼らとシークレットなコンタクトを結ぶサーファーたちのために真にクリエイティブな限られた数のサーフボード作りを続けています。
そのビアリッツでのボード作りにおいて彼らの板を預けるグラスワークの人を任されてきたのが、ファンタスティック・アシッドのトリスタン・モース。
さらに彼らはトリスタンの底なしの造詣とデザイン力を、現在の彼らのサーフボードに融合させるようになりました。
そのフローの結果として彼ら3人の名を冠した、トリオのサーフボードブランドに発展させることにしました。
それはパリッシュとハックマンの奥義を、長く次の世代と時代に引き継ぐ役割を担うことを意味します。
トム・パリッシュという名はまさに知る人ぞ知る、という言葉が当てはまるシェイパーで、ライトニング・ボルトの時代はストレートに70年代のシングルフィン・デザインを思い起こさせます。
ハックマン・パリッシュ・アシッドは単に70年代のシングルフィンの懐古ではなく、そのデザインが現在までサーフボードの基本骨格であり続ける秘技のレシピを用いたサーフボードということです。
パリッシュとハックマンはインターネットそのものにほぼ接触せず、PCも無くSNSにももちろん触りません。
しばらく前にお伝えしたように、トリスタンはインスタグラムでの発信を最小限に抑えて羨ましいことにiphoneすら放棄しました。
そのインスタではごく限った発信を家族のものを借りてポストするという様。
ですからこのブランドの日本での窓口を任されたエムズも彼らのポリシーに沿った形でみなさんに板と、また情報をお届けすることになります。
トリスタンは5月に来日製作でやって来ます。その時がこのブランドの日本でのお目見えになります。
















