2024.08.23 UP DATE
Malibu Chip スタディ by Tristan Mausse

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ファンタスティック・アシッドのトリスタンはサーフィン・サーフボード学者だから(私がそう言ってるだけだが)常に何かを研究していて、それらは引き出しから出したり戻したりしながら繰り返される。

学者とは冗談めかして言ってみたけど、いやいや本当にそれは当たってる。
その研究対象は限定的ではなくて、歴史上のサーフボード・デザインのあれこれはもちろん当然で、6月のエキシビションでもテーマとして取り上げていたように普通は波乗りとの関連が語られることがない文学と文学者のアプローチと波乗りの協調性・調和性を映像と展示で立体的に見事に表現したりする。

私自身もごく個人的・内面的に、色々な物事や表現とのイメージ交流を楽しむのでトリスタンのその志向と話が合うからいつも話題が尽きない。

少し前に当サイトのトピックスでも紹介した彼のCHIP研究と、私が所有するVELZY CHIPのライドテストの様子。
それにはしばらく前から彼が取り組んでいるこのテーマのスタートまで話を巻き戻して伝えたなきゃいけない。

トリスタンは最初の来日製作でやってきて、もちろんエムズのショップにも何度か出入りして"ここはパラダイスだぁ!"って喜んでいるんだけど、エムズには何しろ時間軸的にもデザイン的(Anything but 3だが)にも私の関心と趣味が凝縮しているので、自身でも色々な板を集めている彼にとってはそれらを見て触って研究室にもなっている。

その最初の来日製作の時から約束していたのだけれど、エムズにあるいくつかの板のテストライドを希望していて、しばらく前から彼が取り組んでいるのがそのうちの一つVELZY CHIPで、ドンピシャだったわけ。


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CHIPはMALIBU CHIPとも呼ばれ、1940年代から50年代にはそれこそ賑やかなマリブで最もポピュラーなデザインだったことに由来する。

CHIPがサーフボードデザインの歴史で重要なポイントであるのは、つまり現在のサーフボードデザインへの転換点でありサーフィンの基準を塗り替えることになったPIGのひとつ前のメインストリームなデザイン。
いわば、After PIG / Before PIGに分ければPIG以前の最終地だったということになる。

時々紹介するけれど、VELZY PIGはいうまでもなくPIGのオリジンであるだけではなくて、サーフボードがターンするものになったとまで言われる革命的なデザイン。
ここで言うターンはつまり、ドライブを伴いマニューバー性にまで踏み込んだというもの。

ということは、CHIPのターンはつまり波の上で向かうべき向きを変えることが主眼であり、またいかに波のフェイスを滑り抜くのかということが古典的サーフィンの最後の時代のデザインというふうにも言える。

仮にサーフボードデザインを通称プランクにまでさかのぼってみると、それはまだロッカーの概念はほぼ見られずフィンも無く、また素材もレッドウッド(ハワイではコアなどが用いられた)などのとても重い材料が用いられた。
同様にフィン以前のサーフボード・デザインであるホットカールでは、アウトラインは積極的なサーフボードとしての機能性と、ボトムはベリーから三角状の断面を持つテールへと変移するデザインで、名前の通り波のカールでの積極的なホールド性とスピード性を持つに至る。

それらの後に生まれてカリフォルニアやハワイの色々な波で高い機能性を発揮してポピュラーになったのがCHIPということになるのだが、CHIPでは穏やかなハルパートとパネル的機能を含むボトムデザインとともにロッカーの概念が見られ始めて、併せてレールの働きにもデザイン性とアイデアが発展し始める。

さてトリスタンがなぜチップのデザイン性に注目したのかというと、その後のピッグの登場によってサーフボードはターンとマニューバー性が一躍発展した一方で、ピッグやピッグ以降のポピュラーなロングボードにまで続くボトムとレールデザインの機能的源流はすでにチップに見られるから。

ということは、ディスプレイスメント・ハルには最終期のロングボードの多くが持つボトム/レール・デザインの影響が見られる点で、チップにまでさかのぼってそれらの働きを実験の積み上げがトリスタンにとっては欠かせない。

ちょっと話をゆるめてみて、例えばそのような研究が現在作る板や波乗りにどれほどの眼に見える、あるいは感じることができる関連にまで届くのか、という疑問はあるかもしれない。

これ、結論から言うと、ものすごく有る!、のです。
特にトリスタンのように、各部のわずかな変位やブレンドのとても多くの組み合わせを駆使してそれぞれのモデルにまったく独立性のあるデザインを編み出すデザイナー・シェイパーには、今の目で見た時にプリミティブに見えてもその中に機能的デザインのあれこれが繰り広げられているチップなどは、それらに用いられているデザイン・エレメントが何を起こしているかを知ることが絶大なアンサーなのだ。

現在のボードデザインが持つ要素だけをベースとスタートラインにしてサーフボードを作りを展開すれば、言ってみればすでにドーピングによって得られた機能の配置換えする手法であり、その展開はスタートラインとそれほどたがわず、いわば"リッター"の世界であって"サーフデザイン"には到達しない。

もちろんそのどちらかを求めるかは、作り手それぞれ、サーファーそれぞれ、ということになる。


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トリスタンがその実験を、実際にチップをデザイン・シェイプするに当たってスタートライン/ベースにしたのは1950年前後のジョー・クイッグ/マット・キブリンらによるチップの解析。

チップ実証実験には彼の地元で大変高い評価と尊敬を集めるサーファー、クロビス・ドニゼッティが参加して今もさらにチップ・サーフィンの表現を押し進めている。

そうしてクロビスのために1本目のチップがシェイプされた。それがマルーン・ピグメントの10'2"。
フィンはブライアン・ベントがクロビスに提供したもので、ジョー・クイッグのスピードフィン・ラインをヒントにクロビス自身が描いたテンプレート。

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この板は出来上がると間もなくクロビスによってサーフされたけれど、そのライディング・ビデオはチップ・サーフィンの現代サーファーによる真髄とか極意とでも言えるような、これ見よがしな振る舞いが一切省かれたピュアな波乗りを見ることができる。
ちなみにこれは、先日のエキシビションでスクリーニングされたソラーズ/サーフィン作品中で見ることができる。

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ターンはその波の良いダウンザラインを求めた、カーブとポジションにフォーカスしたシンプルでクラシックな操作で、ダウンザラインはトリムスピードのためのポジショニングに徹してマニューバーとしてのノーズライドや不要なステップは省かれる。
現代サーファーらしいところが見られるのは、例えば速く勢いのあるトリムによってスローなショルダーに出てしまう前のポケット付近でのスタイリッシュなドロップニー・カットバック。
むしろこの種のターンが元々は見た目的な表現ではなく、大きく回すカットバックが容易ではないサーフボードの時代に生み出されたものであり、ポーズを廃したサーフィンが本物であるとかないとかの趣向の違いを超えてかっこいい、つまり洒落てる。

トリスタンと彼の周辺ではこのチップ・サーフィン・プロジェクトに呼応するサーファーがポツポツと現れていて、各地からチップのカスタムオーダーが寄せられ始めている。


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そしてつい先日はトリスタン自身が家でキープしてさらに研究を進めるための新しい10'2" CHIPをシェイプして巻き上がったのが、その現在地。

直後、トリスタンは休暇を取って家族と共にイタリア旅行に出かけたけど、そろそろ帰っている頃。
きっともうすぐその板と波乗りのリポートを聞かせてくれるはず。

その板はすでに私に詳細が届いているので、ここではそこまでを紹介しておきましょう。

まずは見やすいところでアウトライン。
クロビスに削った板と長さは同じで2本とも10'2"。
幅はイエローがわずかに広いようだけれど、ボード後半はややパラレルなカーブでテールエリアもわずかに大きい。

おそらく細部はいくつかの微訂正がされていると思うけど、トリスタンがこのイエローで最大の検証ポイントはフィン。

ウチで私のVELZY CHIPを試した後からトリスタンが注目したところはフィン。
クロビスの板には上で紹介したようにジョー・クイッグが採用していたもののさらにアップデート版のフィンがセットされた。

VELZY CHIPではキールフィンの原型(このタイプのフィンは同じ時代のシモンズにも見られるのはご存知の通り)を用いていて、このフィンはターンにおいてはむしろ板そのもののデザイン性と調和するのかもしれない。

いずれにしてもトリスタンはVELZY CHIPのサーフィンでボードデザインの持つ指向性とフィンのフィッティングに何か発見をしたのでしょう、地元に帰る前のエムズで過ごしたある日、"ベルジー・チップのフィン・テンプレートを取っていっていい?"、と訊いてきたので私はOKよ、と。

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そのテンプレートに忠実に製作したフィンをイエローにセットした。

どっちにしてももうすぐ届くだろうトリスタンからのリポートが楽しみなんだが、どちらのフィンが良い、とかではなくそれぞれのフィンによる性格の違いが聞けるんじゃないかと思っています。

んで、ここもひとつハイライトなんだが(そこを騒ぎすぎても軽薄なんだけどね)、このイエローに入れたロゴ・ラミネート。
これ、あえてアシッドのロゴではなく、単にフランスのクラシックというレター。それもなかなか微妙な雰囲気で。
というのはこのアイデアの元ネタは、50年台のバルサ時代によく使われたディケールとそれらのデザインの雰囲気。
ディケール、と言われるものは皆さんプラモデルで体験している水に浸けて裏紙からずらして剥がしてモデルのしかるべき位置に貼るアレ。
あれがディケールです、ホントは。

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現在ではサーフボードのロゴは薄い紙に印刷されたものを使い一般的(世界的には)にはそれもラミネートと呼ぶのが習慣ですが、日本では昔からなぜかそれをディケールと呼ぶ習慣があって、それがそのまま現在も言われていたりもします。
デカール、と称されるケースもありますね。

元に戻して、トリスタンがイエローに用いたラミネートはモロに昔のディケール風とその雰囲気のデザイン。
ここにあえてわざわざこれを用いるところはさすがトリスタン、凝り性な学者。

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