サーフボードのグローバル事情
2021.08.14

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ホントはこの話、当サイトの裏サイトとでも言うべきbackdoorで書くような話なんですが、こっち(トピックス)で書き始めてしまったのでこのまま行くことにしましょう。

まずみなさんの目に入った写真、???と思われたでしょう。だって、タウカンですものね。
昔からタウカンと略称される、TOWN & COUNTRY / タウンアンドカントリー、ハワイ・オアフの老舗ショートボード・ブランドで、その長いブランド史の中でビジネスは大きく流動した変遷があります。

日本でもその歴史は長くて、古いサーファーにとっては日本国内でトップ3的なブランドの一つであったこともあるのです。
私たちエムズは古くは50年代から続くブランドも預かるので多くのブランドの歴史変遷を学んでいますが、ショートボードについては外野とはいえタウカンの変遷も見てきています。
外野というのはつまり、エムズの約40年の歴史を通じて私たちの扱う・預かるサーフボードたちは今で言うオルタナティブ。ショートボード/スラスターのシーンとは違うメンタリティというか、分断を語るつもりではありませんが、実際のところまあ分かりやすく言えば族が違う。
ですから最初に、写真を意外に感じるでしょう、と言ったわけです。

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さて、この何枚かの写真で見ていただける2本の板、タウカン・ヨーロッパの新しいプロジェクトだそうです。
ご存知の皆さんもいると思いますが、現在は多くの大手ショートボード・メーカーたちはそのオリジンの地で製作したボードを世界各地のマーケットに輸出するという手法ではなく、それぞれのマーケットの現地でライセンス生産するという手法が主流です。
大手ショートボード・メーカーというのは誰でも知っている、例えばCIやロストやそして今日の例にあるタウカンもそれ。
その他にもたくさんの名を知られたブランドが、この手法で世界各地にマーケティングを広げています。

当然ですがこの手法はブランドを広く宣伝して数を積み重ねて、より大きな利益を求めるビジネス原理です。
ですからその各地ではすでに存在するサーフボードメーカーと結びつきOEM生産能力を借りて生産委託して、製作権・版権からロイヤリティを得るというビジネスが主です。
現在では同じように世界各地に広がったシェイプマシンとそのオペレーションシステムの発達がそれを可能にしています。
本国のメーカーは各地から要求のあるボードのデザインデータをメールで送り、現地はそのデータでカットしたフォームをシェイプすれば基本的にオリジナルとほぼ同じボードを削ることができるわけです。

ちょいと違う例として大手メーカーの中にはヘッドクオーターのみを本国に置いて、より大量生産の効率を求めて東南アジアの人件費・生産コストの安い国で一貫生産して各地のディーラーにシップするという手法もあります。
これらはモールドボードやスポンジボードなどと同様に、サーフボードのクラフトシップを要求しない・されないマーケットの性格にフィットしたコンストラクションを有しています。
ちょいとこれは脱線。

さてと話を戻して、ここ数年そのような現地生産が主流になりつつある大手ショートボード・ブランドですが、近年は従来のスラスターとそのバリエーションだけでなくオルタナティブ(この言い方、好きじゃないんですけどね)系デザイン・シェイプをフォローしたような板をラインナップに加える傾向があります。

この傾向は明らかにオルタナティブ指向のサーフシーンでのフィッシュ再興をきっかけに、それを追った流れの延長線上にあります。
みなさんご存知の通り、例えばそのフィッシュ再興の動きはムーブメントではなくサーフボードの本質的デザインの再発見であり、オルタナティブ指向のシーンでは当然の出来事でもあったわけです。
いつも機会あるたびに紹介していますが、本物のフィッシュは数あるサーフボードデザインの中でも最も機能的で本質的です。
それが広まるにれて形ばかりのフィッシュらしきものが数多く作られその動きそのものの中にも、本物でサーフしようぜてなことまでトップサーファーたちがビデオ作品の中で語るまでになりました。

そのフィッシュ再発見の動きを最初のうちは無視していたショートボードシーンとメーカーたちでしたが、それまでスラスターばかりでサーフしていたサーファーたちも多くがフィッシュで新しいサーフィンを体験し、さらにそれをきっかけにオルタナティブなデザインの中から他にも多くの楽しいデザインを求め始めると、こうしちゃおれんとばかりにフィッシュ(多くのそれらしきものを含めて)をラインナップに加え、最近ではさらにエッグやミッドレングスなどにもそれを拡大し始めたわけです。

またちょこっと脱線すればですね。これと同じようなことは80年代後半のカリフォルニアから始まったロングボード再興の動きの時にもありました。
その時も最初のうちは"ウチはロングなんか興味ないよ"ってな感じだったメーカーたちも、世界中にその動きが広まり始めると、こうしちゃおれんとばかりにロングボードをラインアップし始めたばかりか、クラシックと言われるデザインにまでラインナップを広げたもんでした。

で、面白いことにそれらのラインナップを広げる例えばフィッシュやエッグなどの多くは、基本的にはレールデザインやボトムデザインはどれも大同小異で、簡単に言えば切り出す形とサイズを変えた同じような波乗りフィーリング。
もちろんそれが安心で、それを求めるというサーファーもいます。

今日のこのポストで言いたいことの一つは、ここにもあります。
ショートボードシーンの中の一部にはスラスターとそのサーフィンが全能でゴールみたいなとこがあって、それが故にオルタナティブ、と。
だからこの言い方好きじゃないんですけどね。

ところがこちら側から見るとそのようなあちらはサーフィンに選択がなくて、本来個人的な体験でそこにこそサーファーそれぞれのパーソナリティと喜びがあるはずのサーフィンが、その時世界が指向するマニューバーという基準こそが関心であるべきという空気すら見えることもある。
それを求めるのであればそれはそれ、私それを否定するのではなくて、言いたいのはこちら側ではサーフィンは個人的なものでありサーフデザインは多様であるよということ。

であるからね、こちら側の(あんまり分けたくもないのですが)サーフボードは、元々サーフボードの側に波乗りがデザインされていてそこにデザイナー・シェイパーの個性や発想やフィーリングが込められていて、その結果として似たようなものばかりではない多様なデザイン・シェイプとサーフィン体験の元そのものなんです、ということ。

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そして実はここからが今日のお題、本題でもあるのですが、写真のタウカン2本。
実はこの2本、私たちの仲間でもあるファンタスティック・アシッドのデザイナー・シェイパーであり、先日いよいよ自身のオーナー・グラスファクトリーをオープンさせたトリスタン・モースによるデザイン・シェイプ。

もちろんトリスタンがデザインをタウカン・ヨーロッパに売り込んだのではありません。
タウカンからの依頼で2つのデザインを起こしてシェイプするというお仕事として舞い込んだ、と。

失礼の無いようにお断りしておくと、タウカン・ヨーロッパはすでに現地でも実績を重ねて評価のあるブランドです。
この2本、デザイン・ディテールまで全て聞いたわけではありませんが、すでに説明したようなショートボード・メーカーのルーティンであるそれらしい形やサイズのモデルをOEM体制の内にいるハウスシェイパーのデザインで作るという手法ではなくて、自前では持っていないデザインをもって本質的に新しいモデルを加えようという試みでしょう。
それこそが外部のインディペンデントなデザイナー・シェイパーであるトリスタンに依頼した理由でしょう。

ちなみにトリスタン、ずっと以前からタウカンからもグラッサーとしての仕事を依頼されて高く評価されている関係。他にもたくさんのブランドがトリスタンにグラスを依頼しています。

で、トリスタンによるとその依頼されたデザインのコンセプト、簡単に言えばハルとの融合デザイン。
もちろん依頼がどうであろうと、トリスタンがアシッドのデザイン・シェイプをそのまま他のブランドに提供することはありませんが、ここであてにされたのはトリスタンのハルデザインの引き出し。
おそらくはタウカンですから、いずれにしてもどんと深いハルそのものだとこのブランドを贔屓にするサーファーたちには濃すぎるでしょうから、そのあたりは両者の間でニュアンスが話し合われているはずです。

そこでトリスタンは一つにはプレーニングハルを、もう一つには穏やかなVEEボトムを、それぞれにベースとして用いてデザインしたそうです。
このプロジェクトはこれから実際にテストされ進むようなので、行き着くのがどんなデザインになるのかは未定。

このプロジェクトでとても興味深いのは、ダウンレールのいくつかのフォイルパターンとコンケーブボトムで色々な形とサイズに切りはめてカタログを埋める手法だけでなく、内製で持ち得ないデザインはちゃんとそれを磨いているデザイナー・シェイパーをリスペクトしてそれを手にするサーファーに違う体験を提供できる板を生み出すことになるというところ。
ブランドビジネスとしては違う価値観に踏み出したケースです。

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これがこれからどういう展開をみるかは上記の通り未定ではあるけれど、こちら側のデザイナー・シェイパーたちが数量や収益最優先ではなく、デザイン・シェイプのクリエイションとクオリティ最優先を選んだサーフボード造りが尊重される契機にもなれば良いなあ、と。

それは少しでも多くのサーファーが、これらのサーフボードビルダーたちの作る板が"違う板"だっていうことを知ってくれることにつながるしね。

まあすでにこのサイトの中でもこういう突っ込んだ話を読んでくれている皆さんは共感してくださる方が少なくないと思うので蛇足かもしれませんが、みなさんのサポートへの感謝とともにさらにそれぞれの皆さんへのガイドとお手伝いをしなくちゃと思った次第。